少し興味深い話をしたのでメモします。
教育とはどういうことなのでしょうか。
うまく利用しなければなりません。
超個人的な話ですが、乗り越えるべき障害であって、正解ではないでしょう。
僕が美しいと思うものを作っても、その評価軸を備えていないからです。
私的に究極に美しいものをつくることが目標です。
もちろん建築として成り立つためのプログラム上の問題は、すべて解けた上での目標です。
どうも僕は今、混乱しています。
今まで当たり前に評価として上がっていた話題が無効のことであるかのように、触れられないからです。
原因は、プログラム上の諸問題が解決されていなかったからです。
とても簡単な事ですが、すぐに見落としてしまう事に気がつきました。
美しいものを作るためには諸問題を解決するテクニックが必要であり、テクニックを生かすためには超個人的な美しいものに対する確固たる自信が必要です。
どちらを忘れても教育の場を生かす事ができません。
今気付く事ができてよかったと思います。
kam
ついさっきまで、半日近く地元の友人と飲みながら話をしていました。
12時間も何を話したかと言うと、いくつかフェーズがあったのですが…
1.自分達の近況報告
↓
2.就活批評と企業の話
↓
3.社会問題や経済の話
↓
4.グローバリゼーションとナショナリズムの話
↓
5.ここでは書けないようなポリティックな話
↓
6.
ハイゼンベルグの不確定性原理
↓
7.
大統一理論
↓
8.ジャンプ(マンガ)の話
ってな感じで話をしました。マニアックですね。笑
ここで感じたのは凄く進化的に議題が発展していると言うこと。
自分達自身のミクロな話から始まり、スケールがどんどん大きくなっていく。
語弊があると思いますが、文明的だなと、思いました。
僕はここから文明の不可逆性とその是非についての議題を抽出しているのですが、その話はまたいつか書きたいと思います。
イシカワ