- 2008/04/30(水) 23:31:00|
- 建築|
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先日、
神奈川工科大学と
多摩美術大学に行き建築見学してきました!!
まず、
神奈川工科大学。
石上純也氏設計の工房を見てきました。
以前写真を載せましたが、まさにその通り!
綺麗な建築でした。しかし、空間と言うよりは写真みたいな感じでした。見入りました!
外からしか見れませんでしたが、敷地に軽くポンっと置いた感じの配置計画は、軽やかさが出ており良かったです。
中には植物が置かれており、垂直の軸の中、良いアクセントになっていたと思いました。また、植物って単純に気持ちよく思えるしね。
まあ、こんな感じです。
次に、
多摩美術大学。
伊東豊雄氏設計の図書館を見てきました。
これは、近づいて行った時、直感的に「良いなー」って思いました!
これまた、入れませんでした。
外観はのっぺりとしていますが、アーチとコンクリの打ちっ放しによる表情は非常に綺麗でした。
勾配によりアーチのカタチと高さが変化しているのは、自然なんですが良いデザインだと思います。
また、エッジが凄く美しいー!
中はアーチの連続により、奥行き感が出ていて、だだっ広い空間にワクワク感を生み出していたと思います。
アーチってやっぱ魅力がありますね。
中入りたかったなー。。。
ってな感じでレポートを終わります。
ちなみに写真は増田君が載せてくれていますので御覧下さい。
→
カナガワのだよ
→
タマビのだよ
カタギリ
- 2008/04/30(水) 03:06:04|
- デザイン|
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今日、世田谷ものつくり学校で行われた
design pitch
これはプロのデザイナー、建築家が10分間でプレゼンし、コメンテーター後藤繁雄さんと伊東史子さんがそれに対してコメントするというイベントです。
まず、この2人の容赦なく発せられる毒舌コメントが最高に良かった。
そしてテーマは
「未来の学校」
しかし、プレゼンターはほとんど自分の作品について話してましたが。笑
それはそれで、面白かったです。
僕は後半しか見れてないのですが、面白かった方が何人かいたので紹介させて頂きます。ちなみに全員、キャラがめちゃくちゃ濃かったww
寺田尚樹さん
明治大学卒、AAスクールに留学し、帰国後独立。
この人はプレゼン見るの2回目だったけれど、まず人柄が最高に面白いです。AAのときの課題がまた面白いです。建築を作る発想は「子供の頃の思い出」から生まれてくるという。
菊地敦己さん
アートディレクター。青森県立美術館のサイン計画など「サリースコット」のブランディングなどを手掛ける。
この人も個性派。非常にのんびりとして癒し系なしゃべり方です。
自分の会社の中で、ノンプロフィット部門を作るというところが面白いなと感じました。
世の中にはこんなにオモロい人がいるのかと強く感じますw
ヒロシ
- 2008/04/30(水) 01:02:42|
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皆さん建築やデザインについてのためになる文章をかかれているところ誠に恐縮ですが
どーでもいい話を。箸休め程度に読んでください。
自分は1人暮らしをしていて様々な広告が入ってきます。
たいていのものはすぐゴミ箱行きですが、ひとつだけ、2,3日机におかれているチラシが・・。
ピザの宅配チラシ!
個人的にピザが好きというのもありますが、あの写真たちが魅力的でなかなか捨てられません。
ビニョーンとのびたチーズ、真っ赤なトマト、どっさりとのった魅力的な具、
生地の豊富なバリエーション(チーズ in 生地とかありですか!)
自分なら今何を頼むか妄想したり、パスタのメニューに心が移ろいだり。
高価なので1人で頼むことなど絶対にありえませんが、チラシを見ているだけでちょっとシアワセ。
1食30円のインスタントラーメンをすすりつつ、1枚2000円のピザに思いを馳せる。
まことにくだらない話でした。
タムラ
- 2008/04/29(火) 21:56:42|
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続きまして伊東豊雄さんの多摩美術大学八王子キャンパスに行きました。
これは正直感激しました。もう少しごつくて粗いイメージを抱いていたので、この建築のシャープさ、きれいさに思わず「わぉっ!」って声をあげてしまいました。
表層が驚くほどツルっとフラットです。なおかつさまざまな大きさのアーチが建築にやさしく軽い印象をあたえることに成功していて、決して攻撃的な印象は受けませんでした。ガラスから垣間見えるアーチの連続と緩やかな勾配が、人とモノ、人と人の距離感に何かしら影響を与えて行為を誘発してくれることでしょう。具体的ではないですがなんとなく活発的な風景が思い浮かびます。
石上さんの公房より、家具や内装にまでデザインが施されてあり、コンクリートも全く悪くありませんでした。僕はこれ好きです。ちなみにコンクリート厚は210mmだったかな。
masudasi
- 2008/04/29(火) 21:15:31|
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今日は今をときめく二人の有名建築家さんののっぺり建築を見に行きました。まずは神奈川工科大学KAIT工房。
お初の印象としては・・・やっぱりのっぺりかな。
外部をぐるぐるまわって変態のごとく中をのぞきましたが、石上さんの柱に込めたメッセージ性とそれに反する柱の消失力。「存在感」というワードが見方によって頭に現れは消え、を繰り返す感じです。設備機器も視界に最低限にとどめられすっきりしていて建築体験空間としては非常に惹かれる要素があると思いました。写真の一部にも写っていますが、中には紙きれのような家具と植物がランダムのように、…いやっ規則性を帯びたように配置がなされています。アプローチは見たところ4つ。防音は・・・。
使用されている風景に出会えてないのでなんとも言い難いですが、正直機能的な部分で無理があるような気がします。しかし見晴らしの良い外部との関係性と建築そのものの身軽さはとてもいい印象をあたえてくれます。ここの中でなら、いろいろ発想力豊かになりそうです。
- 2008/04/29(火) 18:39:04|
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今日、神奈川工科大学に石上純也さんの
KAIT工房と、
多摩美術大学八王子キャンパスに
伊東豊雄さんの図書館を見に行きました。写真は他の方がアップしてくれると思うのでそれを参照してください。笑
以下に感想を書かさせていただきます。
神奈川工科大学KAIT工房(石上純也)…
中に入れなかったので、外環をウロウロしていました。
不思議なのは、中に入れなかったのに入った気分になっていることです。
内と外の関係がすごく曖昧な感じがしました。
以前から僕は、石上さんは植物を使って外部と内部の関係を解いていたと考えているのですが、(参考「
植物と建築」)今回はそれとは違う「何か」を感じました。もちろん植物は沢山使われていたけれど。笑
少なくとも言える事は既視感が全く無いということです。
建築を見に行ったのに建築を見ている気がしませんでした。以前
DeSCのインタビューで添田さんが仰っていた、写真的な建築だなと思います。すごく捉えずらい曖昧な「何か」がそこにはある、あるいは起きているのではないかと思います。
もう1つ、柱についてですが、この点に関しては結構、複雑な心境です。
以前、石上さんが明治大学に講演会でいらしたときに柱によって場が決まってくるというニュアンスのことを仰っていたと思います。しかし、どうもそのようには見えませんでした。明らかに家具や工具の方が場を作るうえで、有効に思えます。
でも、柱はランダムな配置ゆえに(もちろん相当のスタディと構造的なアルゴリズムによって決定されているらしいのですが)その存在が意識から消えていき上記のような「何か」に直結していることは間違いないと思います。
恐らく、この作品においての上記の「何か」はわかりませんが、その結果として起きていることは、建築の消失化の現段階においての最先端なのではないでしょうか?この先が楽しみです。
伊東豊雄さんの
多摩美術大学八王子キャンパス図書館に関してはまた次回に書きます。
イシカワ
- 2008/04/28(月) 23:25:11|
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知っている人も多いと思いますが・・・
ゲニウスロキというというのをしっていますか?
まぁ単純に「地霊」と置き換えられるものでもあるのですが、すべての土地にその土地固有の「土地神」というのが存在するとのことです。
昔は人間の能動的な働きかけによってはじめて土地に意味が与えられていたものなのですが、今はそれとは逆に、すでにそこにそなわっている意味を人間が受身的に認知するというプロセスに変わってしまっているそうです。
それはある意味では、人間の選択行為を合理化したいための「方便」と見られなくもないです。でもポジティブに解釈するなら、人々が土地の自然的条件・特性を何らかのかたちで把握し、それを客観化するべく、「ゲニウス・ロキ」と表現したものだとも言えますよね。
だからなんとなくでしか受け入れられないのが本音です。その土地固有のアイデンティティは自然科学的な分析に基づく部分と調査では明確にならない精神的な部分もあるはずです。それを自分らの勝手な主観で「ゲニウスロキ」と括ってしまっているのではないでしょうか。ケヴィン・リンチさんはその心理的な部分を少しでも合理化しようと思って「5原則」のような分析を都市解析としておこなっていました。設計研究会でランドマークやった時に、これは極端に考えれば「ゲニウスロキ」っていえるのかなぁとか考えたりします。そこに住む人各々に違う「ゲニウスロキ」が存在するんでしょうか。でも一部では歴史性を含んだ意味で、「ここはあの有名な武士さんが骨をうずめたところ」みたいなニュアンスで「ゲニウスロキ」を使用する場合もある…よね?とすると重複的にこの世には複数のそれがあることを肯定しかねません。
masudasi
「風水」でも「社会心理学」とも「現象学的地理学」ともなんか違う「ゲニウスロキ」っていったい・・・。誰か僕の拙い頭脳に潤いをください。ごめんなさい文章ぐちゃぐちゃで。
- 2008/04/28(月) 09:14:28|
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少し興味深い話をしたのでメモします。
教育とはどういうことなのでしょうか。
うまく利用しなければなりません。
超個人的な話ですが、乗り越えるべき障害であって、正解ではないでしょう。
僕が美しいと思うものを作っても、その評価軸を備えていないからです。
私的に究極に美しいものをつくることが目標です。
もちろん建築として成り立つためのプログラム上の問題は、すべて解けた上での目標です。
どうも僕は今、混乱しています。
今まで当たり前に評価として上がっていた話題が無効のことであるかのように、触れられないからです。
原因は、プログラム上の諸問題が解決されていなかったからです。
とても簡単な事ですが、すぐに見落としてしまう事に気がつきました。
美しいものを作るためには諸問題を解決するテクニックが必要であり、テクニックを生かすためには超個人的な美しいものに対する確固たる自信が必要です。
どちらを忘れても教育の場を生かす事ができません。
今気付く事ができてよかったと思います。
kam
- 2008/04/28(月) 04:17:06|
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こんばんわ。
最近気になっていることは映画における建築です。
特に僕はよくアニメ映画を見るのでアニメの建築です。
アニメにおいての建築は、全て現実で建っていそうで何か違和感を感じるものばかりです。
鉄コン筋クリートというアニメ映画を見てもただの町並みの映像なのに違和感を感じるのは何故でしょうか??
ここに出てくる都市がアニメと言う中でドラマティックに使われて都市の意外な使われ方に魅力を感じる気もします。
ジブリの背景にくる数々の都市も実際に題材となった都市がありますが、やはりジブリの世界観の中にあると、僕は行った事はありませんが実際よりよく見える気がします。
それは、アンビルドと言う物への憧れも隠れているのかもしれません。
全然、わからないので少し時間ができたら調べてみたいです。
なのでご意見などあればよろしくお願いします。
タケロウ
- 2008/04/28(月) 03:35:18|
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「好きだ、」という映画を見ました
水の音、草の音、風の音、足音、そして声の音
音であふれた風景にストーリーとも言えぬようなストーリー
そしてとっても女性が美しい
音楽にアンビエントというジャンルがあるけれど、これはまさに映画でのそれ
環境のような映画
僕はそのような音楽や映画にとても魅かれます
同じく
「tokyo . sora」も
監督も同じ
僕にとってはとても心があったまるのです
皆さんも見てみてはいかが?
miki
- 2008/04/28(月) 01:05:08|
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デザインの議論をしていると、自分や他の人の感性についてよく感じることがあります
皆同じ様な思考の源泉を持ち、または目標を掲げているのだと感じるのです
人の思考にはプロセスがあります そのプロセスは人によってまちまちで、幾重にも枝分かれし、行き止まり、そして収束して行きます
つまりスタートとゴールがそれぞれすでに決まっていると思うのです
たとえば行動における思考のスタートで「幸せになりたい」から始まり、ゴールは「気持ちいい」のように
それは欲求から始まり、満たされて終わる完全に内的な感覚です
しかしデザインにおいて重要とされてしまうのはプロセスにおいての「見立て」や「発見」だと思うのです
なぜならそれはゴールを説明するためのプロセスだからです
デザインは制作のプロセス自体だとも言えます
プロセスにも多様な段階があり、デザインプロダクト、建築などと呼べる段階に達せない物から、プロダクト(プロセス)を説明するために、プロセスのプロセスも必要になってきます
それが見立てや発見などの説明です
プロセスの多様さは混乱を招き、コミュニケーションの食い違いを発生させます
しかし求めていることはあくまでゴールであり、そのゴールを感じてもらうためにプロセスを説明する必要があるのです
デザインはゴールを感じてもらうためのデザインです
別の言い方をすればデザインは欲求のメタファーであり、ゴールそのものではないということです
アートにプロセスが加わるとデザインになると思うのです
つまりアートは鑑賞する側にとってはデザインに変じるのです
miki
- 2008/04/27(日) 11:48:00|
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先日、森山邸に行って図面や写真で見る建築と、実際に見る建築の違いに凄い衝撃を受けました。
そんなんで次は、石上純也氏の神奈川工科大学を見に行きたいと思っています。
誰か一緒に行って、現代建築を解読しましょう!!
カタギリ
- 2008/04/27(日) 11:40:19|
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先日、
西沢立衛氏設計の森山邸へ行く機会がありましたので、自分なりに講評したいと思います。
ちなみに、場所は秘密です。
ちなみに、写真は撮ってないのでネットで探してみて下さい。
一言で言うと、ドアと窓の関係が非常に面白かったです。
まず、分棟の構成をとっているのでエントランスというものは在りませんでした。
図面で見るとスカスカで入りやすそうな感じを見受けられますが、全く期待を裏切られ、外から引き込まれることはなく何か気まずい思いがありました。
非常にプライバシーを確保しています。
そして、各分棟の入り方が非常に面白かったです。基本的に、まるで窓のような所から入ります。
あるところは1メートルくらい上がっていて、腰掛けないと入れません。そして、窓のような物の高さも1メートル位しかないのに、座って入るからピッタリサイズになるのです。
「おお〜」
そしてここは入ると凄くでかい窓があります。これがまた気持ちよい。
ヴォリュームごとをガラスの筒で繋いでるところもあります。
この時、窓は窓ぽっくなります。それがまた不思議な雰囲気を醸し出すます。
窓の構成のちょっとした高さの変化を出すだけで、非常に立体的な体験ができるのは素晴らしかったです。
あと、階段はすごく急勾配でした。
はしごで上に行くような場所もありました。
住む人はかなりオシャレな住まい方をしているのが分かります。
格好良いです!
最後に細かいシステムと大きなシステムがかなりマッチングしているこの建築を作った
西沢立衛氏は凄いです。
カタギリ
- 2008/04/27(日) 00:19:43|
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今日、
森山邸にマリオ・ガルシア・トレス展を見に行きました。
森山様、
タカ・イシイギャラリーのみな様どうもありがとうございました。
誠に勝手ながら感想を書かさせて頂きます。
場所は明かせませんが、とにかく色々と面白かったです。
森山邸についての最初の感想は「カッコイイな」、と「白いな」と、「入りにくいな」でした。
外観は思った以上に汚れてなく、凄く白でした。結構掃除しているそうです。
僕が今まで建築学科生としてイメージしていた森山邸は、とりあえず『プライバシーが無さそう。人が入って来たら嫌だなぁ』というものでした。しかし、森山邸の敷地全体に「気配」が滲み出ていることと、棟と棟の密度が高く配置されてることで、プライベートが強固に守られています。
道路面にドアが無いことも、いい意味で入りにくさをかもし出しています。
というよりもむしろ、以前DeSCの設計研究会であった
ドアなんていらないッスを体現したように、ドアが無いです。
窓から出入りしています。
そして窓がデカイです。住宅では有り得ないデカサです。
そこにも建築的な仕掛けが凄く沢山仕掛けられていました。
例えば高さが1mくらいの窓が、腰ぐらいの高さにあります。
そこから入るために腰掛けて靴を脱ぎます。
そうすると、高さが1mなのに全く困らないわけです。
そういった不自然から生まれた合理のようなモノの集大成のように感じました。語弊があるかもしれませんが、そこが西沢さんの凄いところだと思います。
でも個人的に一番凄いと思ったのは、人が住んでるということです。
上記で「気配」と書きましたが、それは「生活感」と差別化するためです。
建築自体に生活観が全く感じられなかったのです。模型的というか、表現がそのまま立体化したかのような、そんな印象を受けました。少なからず、住み手を選ぶ住宅だと思います。
実際森山さんの住宅内部はとてもオシャレでした。1つ1つのモノを愛して繊細に生活している。そしてそれを俯瞰している。そんな室内でした。
イシカワ
- 2008/04/25(金) 21:32:46|
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- 2008/04/25(金) 02:34:26|
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ラヂオをよくききます
中学生のころからきいていますが、
最近は特に模型をつくっているときにききます
目に見えなくても
パーソナリティの表情、スタジオの様子なんかが
音、声などでイメージできることもあります
話はとびますが
中村拓志さんの卒計は
目の見えない方の住宅だったとかないとか
空間は主に視覚で認知するものと思い込んでしまいますが
もっと様々な感覚を探ってみるのも大切なのでは
ラヂオをきくことがイメージにつながるように
空間を「聴」いたり「嗅」だり「触」れることができるようになれば
新しい何かが見えるかもしれません
ウマクマトマリマセンデシタ
タムラ
- 2008/04/24(木) 21:58:12|
- アート|
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くだらなくて面白い。
日光テレフォンショッピングです。
このシリーズもシュールでつぼにはまる人は大好きでしょう。
シリーズでいくつかあるのでまた機会があれば掲載します。
イシカワ
- 2008/04/24(木) 21:57:38|
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世界遺産の洞窟住居
マテーラ
魅力溢れる風景と建築です。
現在も使われているらしいです。
是非行ってみたいですね!
カタギリ
- 2008/04/24(木) 21:49:33|
- アート|
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- 2008/04/24(木) 21:22:41|
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