生産性という言葉が便利だなぁと思います。
建築やビジネスプランを考えていると、様々な要因が同時多発的かつ、複合的に介在し最終的な決断を明確化できない事態が多々あります。
そんなとき生産性という言葉がカオティックな状況を俯瞰的視点で数値化してくれます。建築で言うところの『豊かさ』に近いかもしれませんが、生産性の方がより数値的だと思います。ただ、生産性という言葉はベストではなくこれに完全代替的以上に機能するボキャブラリーが無いために暫定的に使用せざるを得ないのが現状です。
話は変わりますが、凄くシュールな作品を見つけました。
好きな人にはタマラナイ作品だと思います。
関連して、
東京オンリーピックなる映像作品の祭典らしきものも開催されるそうです。詳細分かり次第また書きます。
こんな一見くだらない(失礼します)作品でも、生産性という言葉と、商用的価値観で見ると、僕は生産性があると思います。
今後は、そういった俯瞰的意味合いでの生産性を社会(特に資本)が許容出来るようなカルチュアリズムを掲げていきたいです。
イシカワ
こんばんわ。
今日はこないだ感動したことを書きます。
先日まで、六本木にて
JJと言うグループが「ヤバイ展」と言う展示をやって、
自分も出展する機会を友人のヒロシにもらったので、ヤバイプロダクトを出展しました。
自分の作品については、プロの方々に好評してもらいまだまだブラッシュアップが必要だと言うことに気づかされたことと、プロダクトの難しさ・面白さがわかって大変面白かったです。
その、展示の受付を担当制でやっていて、休憩中に友達と21_21で行われている
一生三宅の「21世紀人」と言う展示を見に行き、
一生三宅の作品にとても感動して展示場に戻ると・・・
窓の外には叔父さんが、窓から窓際においてある僕の作品を見てました。
その叔父さんよく見るとなんと、
一生三宅さんでした!!!
感動しました、運命を感じました。
その瞬間が一番やばかったです。
タケロウ
自分にとって3回目のアーキライブに参加しました。
東大、理科大、早稲田、首都大、明治と今日は過去最高の9人。
京都から来られた建築家の方も参戦。
読み物はコーリン・ロウの「マニエリスムと近代建築」。
1940年代から50年代にかけて書かれた本です。
第一章 理想的ヴィラの数学
まず初めにクリストファー・レンの「美というものを幾何学的な自然による美と時代性によって変化する慣習の美の2つに分けられる」という言葉で始まります。
その上でパラディオの「ヴィラ・マルコンテンタ」(1550〜60)とル・コルビジェの「ヴィラ・シュタイン」(1972)を比較しています。
彼らは自分たちの作品を自然による美と慣習的な美の両方を使って正当化します。
実際、プランは同じような比例分割が使われているため類似していると言えます。
ここで面白いのは、いかにして時代がこれらの相違点を生んでいったのかというところです。
この違いというのは具体的には構造の変化、慣習の変化、幾何学の社会的立場の変化などにより引き起されると考えます。
例えばパラディオの時代は数学的な幾何学によって完全に客観的と信じられる美的満足を味わうことが出来ましたが、それは18世紀に崩壊し、個人のインスピレーションの問題となってしまったこと。
この後、コルビジェは主に立面にて、道具として幾何学を使います。
最後に、ロウが言いたいこととして「マニエリスム」的な設計手法として曖昧性(両義性)を必ず持つということ。
これはヴェンチューリの言う多様性に通じるのかも知れないです。
でもまだ良くわからないです!w
第二章 マニエリスムと近代建築
非常に難解。。汗
マニエリスムと近代建築の潜在的な曖昧性についてを語っております。
またもやコルビジェのラ・ショー・ド・フォンから始まり、ロース、ミケランジェロと繋いでいきますが、難解すぎて・・汗
とにかく言えることとして、近代建築には2つの対立する概念が存在するということ。
1つは、物質の性質や構造法則の従属により客観意味を持つ建築を生み出そうという方向。もう1つは、建築構成概念に興味を持ち、視覚による美的価値を重視した方向のものです。
後はよく分からなかったので、とりあえずまた勉強しなおします。
ヒロシ