デザインの議論をしていると、自分や他の人の感性についてよく感じることがあります
皆同じ様な思考の源泉を持ち、または目標を掲げているのだと感じるのです
人の思考にはプロセスがあります そのプロセスは人によってまちまちで、幾重にも枝分かれし、行き止まり、そして収束して行きます
つまりスタートとゴールがそれぞれすでに決まっていると思うのです
たとえば行動における思考のスタートで「幸せになりたい」から始まり、ゴールは「気持ちいい」のように
それは欲求から始まり、満たされて終わる完全に内的な感覚です
しかしデザインにおいて重要とされてしまうのはプロセスにおいての「見立て」や「発見」だと思うのです
なぜならそれはゴールを説明するためのプロセスだからです
デザインは制作のプロセス自体だとも言えます
プロセスにも多様な段階があり、デザインプロダクト、建築などと呼べる段階に達せない物から、プロダクト(プロセス)を説明するために、プロセスのプロセスも必要になってきます
それが見立てや発見などの説明です
プロセスの多様さは混乱を招き、コミュニケーションの食い違いを発生させます
しかし求めていることはあくまでゴールであり、そのゴールを感じてもらうためにプロセスを説明する必要があるのです
デザインはゴールを感じてもらうためのデザインです
別の言い方をすればデザインは欲求のメタファーであり、ゴールそのものではないということです
アートにプロセスが加わるとデザインになると思うのです
つまりアートは鑑賞する側にとってはデザインに変じるのです
miki