1. 2008/04/28(月) 09:14:28|
  2. 論述|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2
少し興味深い話をしたのでメモします。

教育とはどういうことなのでしょうか。
うまく利用しなければなりません。
超個人的な話ですが、乗り越えるべき障害であって、正解ではないでしょう。
僕が美しいと思うものを作っても、その評価軸を備えていないからです。
私的に究極に美しいものをつくることが目標です。
もちろん建築として成り立つためのプログラム上の問題は、すべて解けた上での目標です。
どうも僕は今、混乱しています。
今まで当たり前に評価として上がっていた話題が無効のことであるかのように、触れられないからです。
原因は、プログラム上の諸問題が解決されていなかったからです。
とても簡単な事ですが、すぐに見落としてしまう事に気がつきました。
美しいものを作るためには諸問題を解決するテクニックが必要であり、テクニックを生かすためには超個人的な美しいものに対する確固たる自信が必要です。
どちらを忘れても教育の場を生かす事ができません。
今気付く事ができてよかったと思います。


kam

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コメント

これは僕の考えなんだけど、(何度も言っているかもしれません)プログラム自体にも美学というのがあると思うのです  美学はある種思想のようなもので、形態やプログラムに対する美学ですら思想の内での一部にすぎないのではないかと  「自分の美意識が進化している」とはいいままで感じてきたかというと少し腑に落ちない  美しいものは実際比べられないからでは?  しかし思想だとすれば美意識の数がふえたり、厚みを増したりするはずで、決して減ることはないと思います
  1. 2008/04/28(月) 12:58:37 |
  2. URL |
  3. miki #-
  4. [ 編集]

思想だと途端に捉えづらくなってしまいます。
というかここでは思想の定義を省いているから捉えづらいのかもしれません。
自己の各種の美意識を総括するのが思想、でしょうかね?

アートがデザインである(正確にはアートを感受すること)という言い回しはなるほど、と思います。
  1. 2008/04/29(火) 02:40:36 |
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  3. kam #-
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